吉田一郎不可触世界 本人による楽曲解説
2015年5月、前作『あぱんだ』を作り終えた私は早速次回作を、と取り組み始めた。
『あぱんだ』の時と同じく、中学生の頃から25年間くらい日々ぐだぐだと貯め込んでいるフレーズ/リフ/コード進行/リズムパターンをPCのDAW(編集注釈:デジタルオーディオワークス)上でこねくり回していた。
2017年末に11年間やっていたバンドを脱退してから友人知人が声をかけてくれるようになった。サポートベース演奏者としてのオファーだった。やはり嬉しいもので、誘ってもらった件は全部やったるわ、と息巻いて様々な現場で様々な人々と演奏した。これが誠に貴重な時間だった反面、自分の作品創作に割ける時間がほとんど持てなくなった。
焦りに焦った私が今作『えぴせし』のレコーディングをやっと開始したのは2019年6月の梅雨だった。
#1 るーいん
2018年12月に行った弾き語り全国ツアー。初日は名古屋だった。名古屋駅に到着し、たくさんの機材を抱えた私はタクシーに乗り込み一路ライブハウス『KDハポン』に向かった。冷え込んだ冬の日だった。ほどなく会場に到着。タクシーを降りたところで私はアコースティックギターの入ったケースを思い切り倒してしまった。明からさまに木が折れる音がした。会場入りを目前に一本しか持ってきていないギターが大破した。降りたばかりのタクシーにまた乗り込み楽器屋で新品のアコースティックギターを購入、会場にとんぼ返りでリハーサル。私は非常に焦り、悲しく、惨めに自分を恥じた。同時になぜか興奮していた。そのリハ中に作った曲。
#2 えぴせし
サビのメロディは2000年に学生仲間と組んだトリオバンドで演奏していた曲からの引用リアレンジ。当時は自分で作った曲や歌詞が全部気に入らなくてレコーディングの度にほとんどボツにしていた。この曲も2003年頃だったかレコーディング当日になっても歌詞が出来上がらず適当に当てた言葉で仮歌を入れたままボツというか、プリプロ音源としてストックしていた。後年なぜかそれが何処かから動画サイトに流出したらしい噂を聞き、ムカついた。不完全な状態でお客さんに聞かれてしまったのが非常に不本意だったので今回は気合を入れて作り直した。AメロとBメロは2015年頃に作った曲からの引用リアレンジ。大変気に入っている。
#3 ゼリーの雨で眠れない
2013年原型が産まれたと手元のメモにあるが、まったく記憶にない。2014年『あぱんだ』制作中に一旦は仕上げて気に入っていたので『あぱんだ』に収録しようと思っていたのだが、収録曲数が多すぎ問題によってオクラ入りした。そして2020年2月頃『えぴせし』の曲たちが出揃ってきた頃、『あぱんだ』制作アーカイブを聞き直していたらこの曲と再会した。2014年当時これを気に入っていたのか、と久しぶりに聞いた自作に無性に腹が立ち、大工事を施して全編作り直した。結果非常に気に入った。よかった。
#4 B面のまほろば
私は伊丹十三映画のファンだ。とりわけ『マルサの女2』を見るときは気分が高揚する。映画冒頭、陽気なサンバのリズムに合わせて水死体を棒で突っつく小学生に警官が近づいてくる。グロテスクな水死体とサンバホイッスルのすっとぼけた音に常夏のリズム、この曲のイントロはこのシーンをイメージした。そして、しつこくシンコペーションを繰り返すファンクリズムパターンとスラップベースにラップと歌唱を足していったらどんどん脂っこくギトギトしてきたのでキレキレのFenderRhodesを合わせてみたら爽やかにハマってホッとした。歌詞は下北沢のコーヒーが異様に酸っぱい喫茶店で30分程で書いた。
#5 phoenixboy
2018年に作った曲。1980’sの疾走シンセ8ビート曲が作りたかった。メインリフが出来たときに少しピッチ(音程)に少し違和感を覚えた。しかしサウンドが気に入っていたのでそのまま肉付けしていってエレキベースを当てる段階でどうやってもチューニングが合わないことに気がつきほとほと困り果てた記憶。レコーディング作業でも一番この曲が難航した。多くの商業音楽家ではあまりない事かもしれないが高価なレコーディングスタジオで丸3日もこの曲に費やした。結果、非常に納得がいく出来映えだ。歌詞はいつも酒に酔っていて危うい中性的な友人がいる。そいつの事を考えて書いた。気に入っている。
#6 恐怖の地縛霊
2018年、当初アコースティックギター弾き語り用として作った曲。レコーディングではFenderストラトキャスターとスコットランドバグパイプ、ロービットシンセやパーカッションでアレンジした。浮遊するマヌケな幽霊が手招きしているイメージのすっとぼけた曲を作りたかった。近年私がSNSやラジオでベラベラと喋りはじめたせいかトーク企画に呼んでいただく機会が増えた。その中で事故物件お泊まり怪談企画など耐え難いものもあったが、そういった霊障関係とこの曲とは全く関係ない。私が唄いたいオバケは成仏できずどうしていいかわからず困り果てた結果マヌケな顔で脱力している無害のやつだ。
#7 BPM108で蛹は蝶になる
今作中で一番最後に完成した曲。歌詞は2014年と記録あり。元ネタというか由来がある。前作『あぱんだ』に収録している曲の中で唯一歌詞がない曲がある。書きあがって気に入っていた歌詞が柔らかだったのに対して、出来上がったアレンジのサウンドが鋭利でミスマッチだった事に困り果てた私はアーアーとカタカナで唄った。結果それが何ともいえない風景、情景をその時点では一番表現できたと感じたのでインスト曲というか歌詞無しのまま前作に収録した。2020年始頃だったか、2014年当時書いた歌詞の内容が気に入っていたことを、あ、そーそーと思い出して、引っ張り出してきた。曲ごと大工事アレンジしたら気に入った。
#8 UmiToKoe
今作で最古の曲。20年以上いじくり回している曲なので今更コメントするのが照れる。そういう曲。原型は1999年学生時分に作った。歌詞は2014年に伊豆の板金屋の倅である友人の結婚祝いに曲を作ってくれと言われて原型を書いた。今作『えぴせし』に収録するかを迷った曲達の中で唯一生き残った曲。20世紀が終わってミレニアムとか2000年問題とか言っていた頃から一瞬で20年が経ち2020年現在、またも漂う終末感に直面して何となく90’sに想いを馳せたアレンジなのかもしれないが、全然違うかもしれない。重複するが、気に入っている反面、とにかく照れる曲。照れたいから入れたのかもしれない。そういう曲。
#9 荼毘
2019年1月に作った曲。役者をやっている友人から主催舞台の音楽を作ってくれと言われた。いいよ、と二つ返事で引き受けたが台本が全く出来ていなかったのでカン作った。歌詞もカンで書いた。すんなり出来上がった曲ほど気に入ることが多い気がする。この曲がそうだ。気に入っている。私は火が燃えている様を眺めるが好きだ。屋外での焚き火でも煉瓦造りの暖炉でも鋳造した鋼鉄製の薪ストーブでも何でもいいが、とにかくトロトロとゆっくり火が燃えている様が非常に好きなのでそういう感じを表現したかった。安易なアナログリズムマシーンの音も気に入っている。このアルバムの結論的な位置かもしれない。が、違うかもしれない。
#10 僕と悪手
2013年頃だったか大王イカが深海で元気に泳ぐシーンをエヌエッチケーのテレビカメラが世界で初めて撮影した映像に私は大興奮した。それを見ながら作ったアルペジエイター(自動演奏)によってうねっている機械的なシンセベースに対して、肉体的に演奏したストラトキャスターギターの音が不思議とマッチした。メロトロンやFMシンセなど70’s〜80’sの楽器をぐちゃぐちゃに混ぜて使ってみたかったので演ってみたら、これも良く馴染んだ。時代や世代に対して無頓着に生きたい私の意向を楽器らが汲んでくれている様な気分だった。歌詞は読んで字の如くな内容だ。
吉田一郎 プロフィール
吉田一郎不可触世界/ヨシダイチロウフカショクセカイ
Yoshida Ichiro Untouchable World/ヨシダイチロウアンタッチャブルワールド
音楽家/作詞作曲家/楽器演奏者
2015年5月13日「あぱんだ」
2020年5月13日「えぴせし」
得意料理は豚肉の紅茶煮と山菜の天ぷら